大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和23年(れ)272号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人重松忠雄の上告趣意について。

原審辯護人は、原審において、被告人を以って心神耗弱者なりと主張し精神鑑定を申請したが、原審はその申請を却下し、右主張に對しては被告人の原審公廷における言動に徴し心神耗弱の状況にある者とは認められないと判斷したことは所論の通りである。

しかし事実裁判所は法令に別段の規定のある場合の外自由に證據調の限度を定め得るのである。もとより裁判所が右の限度を定めるについては良識に從い公正妥當な合理的判斷を爲すべきで、恣意によることはできないのであるが、裁判所が被告人の公廷における陳述並に陳述の態度、訴訟記録その他辯論の全趣旨から被告人に精神の異状がないと確信した以上、たとえ被告人に梅毒の症状があり、又被告人の血族の一人に狂人があったからと云って、被告人の精神鑑定をしなければならないと云うことはない。所謂檢査成績通知書と題する書面によるも、被告人の梅毒症状は或る時は陽性と現われ、或る時は弱陽性と現われる程度で特に著しく進行した症状であったとは認められない。又原審證人、沢田良三の證言によれば、被告人祖母の沢田リウは六十七才頃の老年に達して後に発狂したことが認められるけれども、記録を精査しても他に被告人の血族に狂人のあったことは認められないから、これにより直ちに被告人が精神病の遺傳をもっておるものであると斷定することはできない。又被告人の本件犯罪當時の行動及びその動機並に被告人の心理の經過については警察、檢事局、豫審、第一審及び原審における被告人の供述を通じて終始一貫して筋道の通った陳述をして居るから、被告人が犯罪當時又は判決當時精神に異状があったことを疑うべき點はない。そして原審公判調書によれば原審は公廷で被告人に對し同人の梅毒の症状について質問し、又原審證人沢田良三及び沢田カツエに對し被告人の祖母沢田リウの狂氣の病状について質問し、更らに被告人に對し同人が精神病の自覺があるか否かを質問して、被告人の精神状態につき十分の注意を拂った形跡が認められるのである。而して原審は右の様な十分な注意を拂ってもなお諸般の事情を綜合して被告人に犯罪當時も判決の時も精神に異状がある疑がなく、その精神鑑定の必要なしとの結論に達したものと認められるのであって、從ってまた原審辯護人の心神耗弱の主張に對しても同一の理由によってこれを否定する結論に達した趣旨であると認められるから、原審には何等所論の如き審理不盡の違法なく、又原審の判斷を以って公正を逸したものであると論斷することはできない。論旨は理由なきものである。

(その他の判決理由は省略する。)

以上説明の理由により、本件上告は理由がないから刑訴施行法第二條、舊刑事訴訟法第四四六條により主文の通り判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例